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| 京杭大運河 |
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| 京杭大運河は、万里の長城とあわせて、世界の4大古代工事のひとつに数えられています。世界で最も古く、最も長い人工運河です。北は北京、南は杭州まで、天津、河北、山東、江蘇、浙江の1市4省を通り、銭塘江、長江、淮河、黄河、海河五大水系と繋がっています。全長は1794メートルにもなります。 これは太平洋と大西洋をつなぐパナマ運河(1914年竣工)の長さの21倍で、地中海と紅海をつなぐスエズ運河(1869年竣工)の長さの10倍に相当します。しかもこのふたつの運河より2000年も早く建設されています。どれだけこの「京杭大運河」がすごい大工事であったかがわかっていただけるでしょう。ちなみに、日本は、北海道から沖縄までがだいたい3000キロですから、その3分の2の長さに匹敵するのです。 では、その歴史や概況についてお話しましょう。 中国には「南船北馬」ということばがあります。古くから、江南地方では、水運が発達していましたが、華北地区では、馬に頼っていました。この不便を解消するために、戦国時代から各地に運河が造られました。例えば、春秋時代の紀元前486年、呉王夫差が開削した江都(今の揚州)と口(今の淮安)間の南北を結ぶ水道邗溝等がそれです。漢代には、黄河から長安へ、また南の開封への運河が開通していていました。 その後、魏晋南北朝の時代に、これらの運河は荒廃していきました。しかし、北朝(北周)から出た隋の文帝が、淮水の楚州と長江の揚州を結ぶ山陽瀆(とく)を完成させて、589年に南朝の陳を滅ぼして、南北を統一しました。 随は、歴史的に短命の王朝ですが、杭州にとって意味の大きい時代です。杭州を起点とする南北の大運河をこの王朝は作ったのです。これにより、杭州は都市として大いに発展することとなりました そして隋の二代目皇帝、煬帝が黄河から北東に延びる永済渠(えいさいきょ)、淮河と黄河を結ぶ通済渠(とうさいきょ)、揚州から杭州)を結ぶ江南河を開通させました。こうして北の黄河と南の揚子江が結ばれて、大運河は完成しました。完成したのは610年、今から約1400年前のことで、その長さは2500kmを越えています。 記述によれば、通済渠の建設には河南・淮北一帯の100万人の農民たちが動員され、わずか5か月間で完成したそうです。わずか5ヶ月という短期間で作られたことから、この運河がまったく新しく開削されたものではなく、昔からあった旧運河を改修したり、つなげたりしてつくられたものであったことがわかります。 煬帝はこの運河の完成を待ちながら、竜船等の豪華船を建造させて、それに大勢の美女を乗せ、酒宴を催しながら江南への豪遊を行いました。 また、永済渠(えいさいきょ)の建築は、高句麗遠征のためでした。 大運河の開通は、経済的に先をいっていた南と北が連結され、中国全体のモノの流れが便利になりました。その経済的、文化的、政治的な影響力は計りしれません。大運河の建設に多くの人々を動員して苦しめた事を打倒隋の大義名分の1つとした唐こそ、この大運河の恩恵を受けたのです。大運河の開通によって、地元の食糧事情を安定させることができました。遣唐使の最澄や空海などの日本からの留学生も、もちろん寧波から入って、ここを通って長安入りしています。 開封は永済渠と通済渠の結節点になっており、このことにより経済的な重要な五代十国から北宋の首都になり、北宋の開封城では城内を運河が貫通していました。 金が華北を占領すると大運河の流通が止まってしまい、整備もされなくなり、廃れてしました。しかし元が、南北を占領した後、再び新しい運河が開かれました。 元は、首都が大都、今の北京に置かれていたので、一旦開封を回って北京へ至るそれまでの大運河は不便でした。そこで杭州から北へ進み天津へ繋がる運河を開削しました。しかし、元代では海運が発達し、対外貿易を主にしていたためにそれまでに比べると重要度が落ちていました。 明代に入ると、この運河は、再び重要視されるようになりました。明は海禁制度(貿易禁止)を取っていたので、水運が見直されたのです。明によってまた新たに開削されて、杭州から北へ進み准安、徐州、済寧、滄州、天津となる運河が現在の大運河となりました。 日本はこのころ、ご存じの通り、室町時代です。日明貿易で、日本からやってきた使者も、この運河を通って、北京まで赴いています。 新中国成立後は、国は京杭大運河を、重点的に発展させるべき内陸河川運輸のメインルートのひとつに指定しました。特に改革開放以後、運河建設は、さらに加速しました。運河は流通に重要なだけではなく、同時に洪水防止、灌漑、給水、観光等の役目を担っています。長い歴史を持つこの運河は、今も改築されていて、今後も運河沿線における経済と文化の発展に、重要な役割を果たし続けるでしょう。 |
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【運河遺跡一覧】
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