杭州/こうしゅう/ハンジョウ/HANGZHOU

 
杭州市は浙江省の省都で、西湖、蕭山、余杭などの八つ区と富陽、臨安、建徳、淳安等の五つの県(市)を管轄しています。総面積は16596平方キロ、人口は700万人以上、その内、市内面積は3068平方キロ、人口は393.2万人であります。
[杭州市]【C】 | 蕭山区 | 余杭区 | 臨安市 | 富陽市 | 建徳市 | 桐蘆県 | 淳安県 |
1.杭州の位置
【全世界範囲】
世界六番目の都市群一中国揚子江三角洲、1-5位はアメリカの大ニューヨーク都市群、アメリカとカナタのシカゴーとトロント都市群、日本大東京都市灘、イギリスのロントン都市群とヨーロッパのパリ都市群です。
【中国範囲】
中国揚子江三角洲一江南都市群に入って、上海、杭州、南京を中心として、寧波、紹興、嘉興、湖州、蘇州、無錫等11の都市を集め、中国では経済の最も発達している地域であります。杭州は中国揚子江三角洲の南部にある中心都市で、上海までは176キロ、車で約2時間かかります。ほかの都市へ行っても3時間内では行けます。
【浙江省範囲】
浙江省の省都で、政治、経済、文化の中心地であります。杭州から出発して、省内ほかの町までは全部2時間内に行けます。
2.杭州歴史の流れ
杭州は悠久な歴史を持って、申国歴史文化の町として、中国の七大古都の一つであります。早くも4700年前の新石器時代から人類が生活していまして、文明の曙と言われた「良渚文化」を産生し、中国文明の発祥地の一つでもあります。紀元前222年の秦の時代から県を設けて以来、2200年の歴史を持って、また五代十国時代の呉越国と南宋時代の都として使われました。
【呉越国の都】
五代十国時代の呉越国は杭州に58年間都を置いて、当時の経済、文化の中心地として繁栄していました。呉越国の皇帝は仏教の信者で、968年に保しゅく塔を建立し、970年に六和塔、975年に雷峰塔を建立しました。また、煙霞洞の十六羅漢像と慈雲嶺南麓の壁に七体の仏像を彫ったものです。現在杭州西湖周辺の寺や、塔、石窟等の古跡は大体その時代に造ったものです。
【南宋の都】
1129年、宋の皇帝高宗は杭州に都を持ってきて、杭州を「臨安府」と名付けて、140年間杭州を都としました。南宋時代の都市発展は世界一で、当時の杭州は440種類の商業を持って、交易は盛んにやりました。物も豊富で何でもありました。対外貿易も相当発達しており、日本、コーリ、ボース、大食などの50カ国と友好往来と貿易関係を持っていました。酒屋、レストラン、旅館、茶館等のサービス業が繁栄して、国内外から大勢集めていました。
有名なマルコポー口が杭州を「世界最も華麗な町」と称賛しました。
3.杭州の名勝旧跡
杭州は歴史が悠久なもので、「西湖周辺の土地が歴史の物語が付いて、一滴の水でも愛の物語りがある」と人々が言っています。
霊隠寺
1600年前の東晋時代に建立され、当時、インドからの慧理和尚は杭州に来られ、ここの山々を見て、「仙霊が隠れている」と思い、お寺を建てて、霊隠寺と名付けた。その後、何回も造り直しましたが現在は杭州の最大の寺として、中国十大名刹に入っています。山門の飛来峰に四川省の大足石刻と同じような石窟があります。
六和塔
西暦970年に建立され、河の潮を鎮圧するために建立されたものです。現在の六和塔は西暦1153年に作り直し、高さが60メーターの八角形の塔です。中は7階建てで、外は13階もあります。レンガと木を使って造ったもので、中国ではこのような塔は六和塔しか残っていません。塔の最上階から銭塘江の景色がごらんになれます。
雷峰塔
歴史は五段階に分けられます。西暦の975年に呉越国の国王は七階建ての八角形の塔を造って、雷で壊されました。南宋時代に五階建ての楼閣式のものを作り直したものです。明の時代に屋根の部分は戦乱で壊れ、中のレンガ造りの部分だけが残った。1924年にレンガ造りの部分も壊され雷峰塔は遺跡だけが残った。2002年から遺跡の跡で、南宋風の鉄筋コンクリートの雷峰塔を復元した。「白蛇伝」という恋物語はここで発生したという。
【万松書院】
1498年の明の時代に造られ、清の時代に中国最高の学校の一つとして有名。中国四大伝説の「梁山伯と祝英台」はここで勉強したことがあります。
西冷印社
西冷印社は中国著名な学術団体で、1904年に創立した。中山公園の西に位置し、主な建築は、竹閣、柏堂で、社内に収蔵されている「三老読字忌日碑」は東漢初年のものであり、浙江省では最も古い石碑である。宝印山房では、展示だけでなく、石碑、拓本、書画、印材などの販売も行っている。
宋城
北宋時代の有名な画家が画いた「清明上河図」を再現したテーマーパークです。城内の店舗や宿及び大道芸等は北宋と南宋の繁栄した都を復元しています。
河坊街
清河坊歴史文化街エリアは元清河坊、鼓楼、呉山天風を中心とし、胡慶余堂や胡雪岩故居、南宋御街、呉山文化広場、城隍閣などの歴史古跡と観光スポットを持ち、文化性と商業性を一体にした特色あるビジネス観光エリアです。修繕後の清河坊は、建築様式に清末の街の風景を取り入れ、商業方式の面で、昔の清河坊の歴史文脈を受け継ぎ、まるで杭州歴史の縮図街です。
胡慶余堂】
漠方薬の専門的な博物館であり、中国の童要文化財でもある。胡慶余堂は個1874年に創始され、北京同仁堂と並んで、中国でも有名な国薬・漢方薬の老舗である。胡慶余堂漢方薬博物館は清代建築を主体としている。館内には、名医、名薬、製薬道具と一万種類を越える薬草の展示品があり、漢方薬の実演と販売も行っている。見学後著名な漢方医者に診断してもらえ薬膳料理も賞味できる。
【富陽龍門古鎮】
完璧に保存された明清建築の村落であり、村民は90%以上は呉の孫権の子孫です。伝統的な江南の民俗も体験できます。中国造紙文化村:1600年前の造紙と印刷の全過程を展示しており、お客様が直接に体験していただける参加型のテーマパークです。
【余杭良渚文化遺跡】
新石器時代末期(5300〜4000年前)に長江下流地域に存在した重要な古代文明で、1936年に浙江省杭州市余杭区良渚鎮で最初に発見されたため良渚文化と命名された。発達した文化水準や精細で美しい玉器を製作していたことで知られている。良渚文化では、世界で最も早く、犂による大規模な稲作が行われていたほか、大型の建築物や社会組織も存在していたことから、「東方文明の曙光」と称されている。良渚遺跡では近年、重要な考古学的発見が相次いでおり、「中国十大考古新発見」に選ばれています。
【余杭径山寺】
徑山寺は唐の時代に初めて建立され、南宋時代に「五山十刹」のトツプになり、日本仏教臨済宗の大本山である。徑山雲霧茶は中国名茶で、徑山茶宴は国内外に知られ、日本茶道の源だといわれます。建徳九姓漁民婚礼=伝説によりますと「九姓漁民」というのは明の初期に陳友諒及び部下の子孫だそうです。朱元章と天下を争う中に負けた彼らは永遠に岸に上がっていけない水上生活に追放され、特有の水上結婚式が形成された。
【杭州美人】
古くから杭州は美しい山水と西湖は大勢の美人を養成しました。春夏秋冬のいつでも杭州の美人は西湖の水と同じようにやさしいものです。
4.杭州の山水風景
杭州は黄山と銭塘江の入り江の過渡地帯に位置していますので、湖、山地、峡谷、森林等の山水風景のほかに西湖、富春江、新安江、千島湖の江南地区特有の山水流域風景も持っています。また天目山、大明山と浙江省西都の大峡谷等の森林、山風景もある。
西湖
杭州市内の中心にあり、南北の長さは3.3キロ、東西の長さは2.8キロ、水域面積は6.5平方キロもあります。従いまして、杭州は世界でも珍しく市内では風景が見れる都市であり、ここに住んでいる人でも短期の旅人でもこの美しい風景に魅了されています。春には白堤と蘇堤満開の桃の花、夏にはピンクと白の蓮の花、秋には月の影を映す三だん、冬には雪の中に咲いている紅梅、いつでも西湖の趣を感じられます。「西湖十景」は南宋の時代に形成され、「蘇堤春暁」、「曲院風荷」、「平湖秋月」、断橋残「柳浪聞鴬」、「花港観魚」、「雷峰夕照」、「双峰挿雲」、「南屏晩鐘」、「三潭印月」新西湖十景は年に市民の投票で選ばれたものです。
銭塘江の逆流
銭塘江は杭州を流れ、入り江の所から急に広がり、ラッパの形をしています。特殊な地形と太陽、月の引力も加え、有名な銭塘江の逆流になりました。毎年旧暦の1日と15日、15日から19日まで逆流の観賞ができます。
【富春江と新安江】
銭塘江は流域によって、幹流の名前もそれぞれ違う。梅城までの上流は新安江と呼ばれ、桐盧から肖山までは富春江と呼ばれる。川の両側に素晴らしい峰と洞窟が多く、名勝旧跡も多い。
【千島湖】
湖内には1078個の島がありますので、千島湖と言います。面積は573平方キロ、貯水量は178億立方、湖の周辺は山に囲まれ、森林がたくさんあります。水は透明のほど清く、「天下第一秀水」と言われています。
【天目山】
国家自然保護区で、「天然植物園」と言われる。山の麓にある禅源寺は東南アジアでは有名です。
【大峡谷】
浙江西部大峡谷といい、国家自然保護区であり、長さは83キロ、両側の自然風景と清く流れる渓流で有名。印鑑によく使われ、ダイヤモンド並みの鶏血石はここの名物です。
5.杭州の経済発展
2003年、杭州市の国民総生産高(GDP)は2092億元で、2002年より15%の増加でした。市内平均支配可能の収入は12898元で、最近発表した「中国都市競争力白書第二号」と「2002―2003年中国都市発展白書」によりますと杭州市の都市競争力と総合発展能力は全国の六位を占めております。杭州は世界180カ国と貿易関係を持って、2003年杭州市の輸出入総額は182.3億ドノレ、前年度と比べて39%の増加です。2003年まで杭州市には外国投資企業は6120社、契約外資はl08億ドル、世界500社の大手企業の中に42社は杭州に進出されています。目本は杭州の二番目の貿易先で、2003年の輸出入総額は27.18億ドル、そのうち、輸出は8.92億ドル、輸入は18.26億ドルです。2003年までは434社の企業は杭州に進出して、投資総額は17.19億ドルに達しています。東芝、松下、三菱などの大手企業は杭州に投資しています。日本貿易振興機構の在中国日系企業の調査によりますと杭州経済開発区が中国75の開発区の中に一番満足度の高いところになります。杭州市の民営経済が特に発達しており、民営企業は大量の資金をもっています。日本貿易振興機構上海代表処の田中さんは「浙江省の民営企業が日本に進出することを期待しています」と言っていました。六月から日本の外務省は浙江省の訪目観光ビザを解禁することも予想されており、浙江省から大勢のひとは日本へ観光に行くと思います。
6.杭州のレジャー
杭州は中国有名なレジャ}の町です。西湖の湖畔で、のんびりする人たちの姿、杭州の美食、茶館、コーヒーショップ、ナイドグラブ、温泉SPA、漢方薬足裏マッサージ、ゴルフ、ボート等のレジャーの要素が揃えています。
龍井茶
杭州は中国一のお茶一瀧井茶を持っていますし、世界唯一の茶文化研究センター一中国茶葉博物館もあり、全国で最も古い茶教育基地一浙江大学茶学部もあり、中国茶葉研究所と中国茶葉品質検測中心も持っています。一番重要なのはお茶の愛好者が大勢います。杭州の市内にたくさんの茶館が散在しています。
杭州料理
杭州料理は中国で有名です。五十年代の伝統的な36の杭州料理(乞食鶏、西湖魚の酢あんかけ、龍井茶と剥き海老の炒め)から中華料理の特徴を敢り入れて作り出した新杭州料理は全国に知られています。その代表的なレストランを言いますと張生記、陽光、花中城等が挙げられます。
漢方保健
中国人は保健を重視しています。杭州の女性は特に好みます。「八百里養生園」、漢方足裏マッサージ、漢方SPA、漢方薬膳料理等、杭州はこれで美人の産地と言われます。
買い物
杭州は揚子江の三角洲に位置するため、元々は物産の豊かなところです。古くから買い物の天国と言われてきました。龍井茶、シルクは必ず買われるお土産です。ほかのお土産と言いますと錦織物、王星記扇子、張小泉のはさみ等。
宿泊施設
現在、杭州は五つ星のホテルは3軒、1041室の1673ベッド、四つ星のホテルは22軒6121室の11150ベッド、三つ星のホテノレは58軒10032室の20000ベッドです。ほかに建設中の五つ星のホテルは5軒、四つ星のホテルは10軒です。
西湖周辺憩いの場所
2002年と2003年には杭州市人民政府は西湖総合保護工事を行い、西湖の南側、西側の楊公堤、湖畔と梅家塢茶文化村の四大観光エリアを整備して、湖に沿っている七つの公園緑地を一体にして、無料開放しました。同時に西湖の水面を拡大し、「一湖(西湖)両塔(六和塔、保しゅく塔)三島(三潭印月、湖心亭、院公?)三堤(白堤、蘇堤、楊公堤)」という300年前明の時代の西湖を復元して、中国初の無料の観光地になります。
7.杭州のイベント
杭州西湖龍井茶摘み祭り(3月下旬)
余杭中国茶聖祭り(4月)
建徳新安江の夜観光フェアー(7月下旬)
桐ろう富春江山水観光フェアー(9月下旬)
淳安千島湖秀水フェアー(9月下旬)
臨安天目山森林資源博覧会(9月下旬)
西湖金木犀の花祭り(9月20日一10月5日)
蕭山銭塘江逆流祭り(旧暦8月18日約10月)
杭州西湖博覧会(1O月第二週土曜日から約20日間)
第一回西湖博覧会は70年前の1929年に開かれ、現在の西湖博覧会は展示会、会議、イベント等を含め、約40項目もあります。その中の西湖国際花火大会と西湖カーニバルは国内外から百万人以上の人々を引き付けています。
8.杭州観光コース紹介
日本航空、全目空は東京一杭州、大阪一杭州の直行便を開通され、日本からの観光客は20万人を超えました。杭州の観光コースを以下のものをご紹介いたします。
杭州のんびりコース:龍井茶の旅、シノレクの旅、漢方保健の旅、新三国志の旅
杭州周辺コース:杭州を中心に南は紹興、西は義烏、北は鳥鎮、上海まで日帰り旅行ができるコース、杭州INで、紹興、烏鎮、上海遊覧後、上海OUT